2021山梨県産のワインに新たな革新をもたらす
宮沢賢治の童話「やまなし」に登場するカニの兄弟が話す言葉。記憶の片隅に残っている台詞がよみがえる「クラムボンはわらったよ」くらむぼん。何を指すかは諸説あり、何かと定義するのは無粋というものだ。ロマンあふれる気の利いたネーミングセンスに自然と足が向く。
くらむぼんの名に込められた思い
くらむぼんワインは大正2年創業。初代である野沢長作が自家ぶどうを使い醸造を始めてから、日本ワイン発祥の地山梨県勝沼で100年以上の歴史をつむぐ。ワイナリーのロゴマークにも使われ、くらむぼんのシンボルである築130年の母屋は、もともと養蚕(ようさん)を営み、シルクを紡いでいた農家の屋敷を移築したもの。玄関の敷居をまたぐと、心地良い静寂と木造古民家の温かみに包まれる。正面のワインショップに隣接した部屋には古くから収集されているワインにまつわるレトログッズやワイン造りに使われる古道具などを展示。先代が集めていたもので、ワイン造りの歴史を知る上では貴重な資料だ。
玄関口の左手から奧へと続く、縁側から差す光が美しい客間にて、4代目野沢たかひこさんは静かな語り口でくらむぼんワインの歴史とこだわりについて話してくれた。2015年、社名を変更したのだという。もともとの名は山梨ワイン。2013年からワインの地理的表示基準により、山梨県産ぶどう100%のワインにはラベルに「山梨」と表示される。社名と産地表示を区別するためでもある新社名は宮沢賢治の童話「やまなし」に登場する「クラムボン」からとった。「宮沢賢治は自然との調和を大切にしている作家です。わたしたちのワイン造りに通じる部分が多くあったのです」。
くらむぼんのワイン造り
代々受け継がれてきたワイン造りだったが、先代のころ、野沢さんは当時の山梨のワインにあまり魅力を感じていなかった。しかし、南仏のニースに語学留学をした際に、地域の食材を活かした南仏料理とワインとのマリアージュが野沢さんのワインへの見方を変えた。ワインとはこんなにもおいしく、心躍るものなのかと。帰国したときには日本のワイン造りもより本格的になり、盛り上がりに比例して品質も向上していた。山梨でしかつくれないおいしいワインを造りたい。こうして4代目を受け継ぐことを決意し、野沢さんの挑戦は始まった。土地特有の風味を指すテロワールの追求を胸にワイン造りに励む。さらに、フランスの南西部にてビオディナミと呼ばれるワインとの出会いが大きな転換のきっかけとなった。ビオディナミとは自然派ワインの中でも、一歩進んだ製法として注目されている。化学的な要素を減らすだけではなく、自然の力を引き出し最大化することに重きを置く考え方だ。膨大な時間と手間がかかる代わりにテロワールをダイナミックに味わうことができる。ビオディナミワインとの出会いを機に2007年、自社ぶどうの栽培を化学農薬や殺虫剤を使わず、耕さず、肥料も与えない自然に即した栽培へとシフトし、発酵に使う酵母もぶどうの果皮に付く土着の天然酵母を使用することにした。「ぶどうが傷むので、最初は病気などに悩まされましたが、だんだんと強くなって環境に適応していくんです」。自然の持つ力を信じ、調和することを目指したワイン造りがくらむぼんワインの大きな特長だ。
自然のままに、おいしいワインを
畑は勝沼の鳥居平地区とワイナリー近くの七俵地の6つ。合わせて2ヘクタールの敷地面積を持ち、その半分で日本原産の「甲州」を栽培している。ほかには、マスカットべーリーA、アジロンダック、カベルネソーヴィニヨンなど。ワインセラーは重厚な雰囲気が漂い、地下へと続く。90年以上前に手で掘られたものだ。貯蔵に使われる樽はフランス産のオーク樽を使用。使用する樽の産地によって、樽本来の持つ香りがワインの味に大きく影響する。このように、栽培から貯蔵に至るまで、自然本来の持つ力、環境との調和をもって一貫したフィロソフィーのもと野沢さんはワイン造りを行っている。目指すのは口に含んだときに、勝沼の地を思い浮かべるようなワイン。そのために、長い歴史に支えられるワイン造りを一つ一つ見直し、自然に即した栽培を実践しているのだ。「待て待て、もう二日ばかり待つとね、こいつは下へ沈んで来る、それからひとりでにおいしいお酒ができるから、さあもう帰って寝よう」。宮沢賢治の著作「やまなし」の最後、川の水面に落ちた梨を見上げて、蟹の父親が子どもたちに言う。くらむぼんワインの精神に通じる一幕である。手を加えずに、自然のままに。自然との調和は待つという忍耐力が必要だ。結局、人にとっては時間も手間もかかるということ。その代わりにおいしいワインができあがる。野沢さんの静かなる挑戦は、自然との対話を通して続いていく。
くらむぼんワイン